この世には何にもないじゃァないか

デカダンス水墨画家。映画(大体60年代)、BD、アイドル(大体80年代)、語学(ロマンス語)、菜食主義、LGBTなどの話題に関心あり。    Une artiste de suibokuga (décadent), interessée par le film (les années 60), les BDs,les idoles (les année 80), la linguistique(langues romaines), végétarisme, LGBT.

ロンドンとパリ

私は生まれつき間欠性外斜視の症状があるのだが、

外斜視を表す言葉で、ロンパリというのがある。

ロンドンとパリ、別々の方向を同時にみているから。

 

蔑称らしいが、私はこの表現が比較的好きである。

逆に「斜視」というと重い。ズシッとグサッとくるものがある。

今は症状も軽くなり 比較的どうでもよくなったが、

アドレッサンス期などは「写真」という言葉にすらおびえていた程。

 

「ロンパリ」という言葉を知ったときにはなんとなく気分が晴れた。

「そうか、私はロンドンとパリを同時に見ることができる女なんだ!HAHA」とユカイに思った。

 

世の中には様々な蔑称がある。バーテンとか、運チャンとか百姓とか、、、

よく分からないけど、何となく使わないほうがいいんだろうなとか思ってるけど、結局軽蔑的な気持ちを持ってるかどうかが重要であって、そんな、言葉狩りしなくてもいいんじゃないか派だけど、一応、蔑称とされてるものは把握しといたほうが無難なんだろうな???

 

ちなみにバーテンという響きもわりと好きだ。フーテンという言葉がまず、いい。

フーテンの中でも好きなフーテンは、若尾文子主演の映画「瘋癲老人日記」に出てくる瘋癲じいちゃん。最高である。

 

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ところで、なんでロンドンとパリなんだろう。神奈川と千葉とかでもいいのに。

多数派

少数派も認めろ!という意見が多数派になって勝ったら、それは矛盾していることになるのか??ということを考えていた

少数派を認めろという人たちの中には「多数派だから優勢」という考え方自体が気に食わないという人が結構いるんじゃないかなと思うけどそうなると「多数決」のシステム自体使えないよね

多数派・少数派というのは事例ごとに流動するものだから、そんな単純じゃないしこれ考えるの本当意味のない悶々なんですけど。

 

あと、最近、新しい環境に身を置いて、いろいろと驚かれることが多く、(例。「ェエッ蛇が好きなの!?」など)「なんか自分少数派である案件が多いなぁ」と思うが、多数派である場合に自分が多数派であることに気づくよりも、少数派である場合に自分が少数派であると気づく方が簡単だから、そうなるだけで、「自分なにかと少数派だなぁ」と思ってる人は多数いると思う

 

あとがき

Emmanuel Macronのことを「甘いマスク」と書いている記事を見た。

自分の中での「甘いマスク」というのは、”見ていて、ホワワ~ンとなっちゃう顔”(で本人も割とホワワ~ンとしている)という認識だったので、いやいやマクロンはどちらかというと厳しいマスクだろう、などと思った(特にあの眉毛が厳しい)が「甘いマスク」でググったら厳しい系の甘いマスクの人も出てきたので、「甘いマスク」というのは甘いとか厳しいとかじゃなくて、要するにイケメンってことで認識を改めようかと思います。

 

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でもMacron氏が甘いマスクかというとやっぱり微妙。

大統領としてはかなり目によいルックスであるとは思う

 

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髪色をモンジャラみたいにしたい!

です。


そして、赤い靴を履けば


ほぼ100パーセント、モンジャラになれる。



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加害妄想が止まらない!

やめておけばいいのに、先月から自動車の運転を始めてしまった。

 

そして2週間前に事故を起こした。

事故発生時、車があたったことに全く気付かなかった。

 

しかし思ったよりも罪は大きかった。経済的にも精神的にも擦り減らす日々である。自分が100パーセント加害なので、当たり前なのですが

 

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これをきっかけに、もともとの心配性な性格も相まって道路上での加害妄想がとまらなくなってしまった。

 

自転車の横を過ぎ去った後などはサイドミラーで、その自転車が変わらず元気に走行しているか確認しなければ気がすまない。出来れば降りて「私の車と接触しませんでしたか」と聞きに行きたいくらいである。

1度、サイドミラーで確認したら自転車の漕ぎ主がスマホを触り始めていたことがあって、確かめには行けなかったがその後一日中不安だった。

 

あたった感触があるわけではない。十分なスペースがあることも理解はしている。だけど怖い、気づかぬ間に害を与えてしまうことが!

 

絶対人の姿が見えてないのに、もしかしたら人を轢いてしまったかもしれない という不安に苛まれたりもするようになった。

 

「人を轢いてしまったうえで気付かないということはあるのか」

 

という私の疑問、同じ疑問を持つ人が某ヤフー!知恵袋にもいた。

その質問者は強迫性障害の一つ、加害強迫があるとのことで、

 

あぁ、私の日々のこの不安もそれなのかな、と気付いた。

 

車から降りたあとも、車の周りをぐるっと一周見て回り、傷などがないか確かめるようにしている。

 

車の運転は早いこと打ち切りたいとして

 

運転以外でも無自覚に人を傷付けるということはとても怖い。

 

 

あとがき

この記事自体が被害妄想チックで、なんかすげぇやだな。。。

 

 

 

エンジェルみが凄い

 

図書館に籠る連休である。

図書館のAVコーナーで"Le ballon rouge"という映画を観た。

60年代の映画かと思ったらもうちょっと古かった。

ぎりぎりカラー映画つくり始めたくらいかな?

最初のカラー映画っていつ出来たんだろう?

たぶん、この映画はカラーじゃないと、楽しみが5割減はするから、まだ当時モノクロが主流だったとしても何が何でもカラー映画にしたかったとかいう話がありそう、"赤い風船"が主人公みたいな感じなので。

かわいい少年が赤い風船をペットみたいに連れ回して生活してるだけというただただ可愛い映画でした。

こういう癒ししかない映画を久しぶりに観た気がした。

私には癒しが急務!であった (このフレーズに聞き覚えのある方は多分モーニング娘。が好き)

本当にかわいさがヤバイんですよ・・・風船に対して「ここで待っていなさい」とか命令するの、洋ショタが

かわいさが溢れていて急にハートを射抜かれるので逆に安心して見れない感があった。

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そして可愛すぎる生き物が突如視界に入ったときのわしの様子↓

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